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最高裁判所第一小法廷 昭和63年(行ツ)176号 判決

主文

原判決を次のとおり変更する。

被上告人らの請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。

理由

上告代理人鎌田久仁夫、同本橋誠、同渡辺雅則、同石井正己の上告理由第一点について

地方公共団体の議会の議員の定数配分を定めた条例の規定そのものの違憲、違法を理由とする地方公共団体の議会の議員の選挙の効力に関する訴訟が、公職選挙法(以下「公選法」という。)二〇三条の規定による訴訟として許されることは、当裁判所大法廷判決(昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日判決・民集三〇巻三号二二三頁、昭和五六年(行ツ)第五七号同五八年一一月七日判決・民集三七巻九号一二四三頁、昭和五九年(行ツ)第三三九号同六〇年七月一七日判決・民集三九巻五号一一〇〇頁)の趣旨に徴して明らかであり(最高裁昭和五八年(行ツ)第一一五号同五九年五月一七日第一小法廷判決・民集三八巻七号七二一頁、同昭和五九年(行ツ)第三二四号同六〇年一〇月三一日第一小法廷判決・裁判集民事一四六号一三頁、同昭和六一年(行ツ)第一〇二号同六二年二月一七日第三小法廷判決・裁判集民事一五〇号一九九頁参照)、本訴を適法とした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点ないし第四点について

一  都道府県議会の議員の定数、選挙区及び選挙区への定数配分は、現行法上、次のとおり定められている。

すなわち、地方自治法九〇条一項によれば、都道府県議会の議員の定数は、人口七〇万未満の都道府県にあっては四〇人とし、人口七〇万以上一〇〇万未満の都道府県にあっては人口五万、人口一〇〇万以上の都道府県にあっては人口七万を加えるごとに各々議員一人を増し、一二〇人をもって定限とするとされているが、同条三項によれば、右一項による定数は、条例で特にこれを減少することができるとされている。次に、公選法一五条一項は、都道府県議会の議員の選挙区は、郡市の区域によるとし、ただし、その区域の人口が議員一人当たりの人口(当該都道府県の人口を当該都道府県の議員定数で除して得た数)の半数に達しないときは、条例で隣接する他の郡市の区域と合わせて一選挙区を設けなければならず(同条二項。以下「強制合区」という。)、その区域の人口が議員一人当たりの人口の半数以上であっても議員一人当たりの人口に達しないときは条例で隣接する他の郡市の区域と合わせて一選挙区を設けることができるとされている(同条三項)。もっとも、強制合区については例外が認められており、昭和四一年一月一日現在において設けられている選挙区については、当該区域の人口が議員一人当たりの人口の半数に達しなくなった場合においても、当分の間、条例で当該区域をもって一選挙区を設けることができる(同法二七一条二項。以下のこの規定による選挙区を「特例選挙区」という。)。このようにして定められた各選挙区において選挙すべき議員の数は、人口に比例して、条例で定めなければならない(同法一五条七項本文)。ただし、これにも例外があり、特別の事情があるときは、おおむね人口を基準とし、地域間の均衡を考慮して定めることができるとされている(同項ただし書)。

したがって、右各規定からすれば、議員の法定数を減少するかどうか、特例選挙区を設けるかどうか、議員定数の配分に当たり人口比例の原則を修正するかどうかについては、都道府県の議会にこれらを決定する裁量権が原則として与えられていると解される。

二  そこで、本件における議員定数配分の適否について検討する。

1  特例選挙区に関する公選法二七一条二項の規定は、もともと昭和三七年法律第一一二号による公選法の改正により設けられたものであるが、当初は島についてのみ特例選挙区の設置を認めていたものであるところ、昭和四一年法律第七七号による改正により、現行の規定となり、島以外にも特例選挙区の設置が認められるようになった。この現行の規定は、いわゆる高度経済成長下にあって社会の急激な工業化、産業化に伴い農村部から都市部への人口の急激な変動が現れ始めた状況に対応したものとみられるが、また、都道府県議会議員の選挙区制については、歴史的に形成され存在してきた地域的まとまりを尊重し、その意向を都道府県政に反映させる方が長期的展望に立った均衡のとれた行政施策を行うために必要であり、そのための地域代表を確保する必要があるという趣旨を含むものと解される。

そして、具体的にいかなる場合に特例選挙区の設置が認められるかについては、客観的な基準が定められているわけではなく、結局、前示の公選法二七一条二項の制定の趣旨に照らして、当該都道府県の行政施策の遂行上当該地域からの代表確保の必要性の有無・程度、隣接の郡市との合区の困難性の有無・程度等を総合判断して決することにならざるを得ないところ、それには当該都道府県行政における複雑かつ高度な政策的考慮と判断を必要とするものであるから、特例選挙区設置の合理性の有無は、この点に関する都道府県議会の判断がその裁量権の合理的な行使として是認されるかどうかによって決するほかはない。そして、都道府県議会において、右のような観点から特例選挙区設置の必要性を判断し、かつ、地域間の均衡を図るための諸般の要素を考慮した上でその設置を決定したときは、それは原則的には裁量権の合理的な行使として是認され、その設置には合理性があるものと解すべきである。もっとも、都道府県議会の議員の選挙区に関して公選法一五条一項ないし三項が規定しているところからすると、同法二七一条二項は、当該区域の人口が議員一人当たりの人口の半数を著しく下回る場合、換言すれば、配当基数(すなわち、各選挙区の人口を議員一人当たりの人口で除して得た数)が〇・五よりも著しく下回る場合には、特例選挙区の設置を認めない趣旨であると解される。

そこで、千葉県議会議員の選挙区等に関する条例(昭和四九年千葉県条例第五五号。以下「本件条例」という。)についてみるに、原審の適法に確定するところによれば、(1) 昭和六二年四月一二日施行の千葉県議会議員選挙(以下「本件選挙」という。)当時の選挙区数は三七であり、このうち海上郡、匝瑳郡、勝浦市の三選挙区が特例選挙区とされ、各一人の定数が配分されていた、(2) 前掲最高裁昭和六〇年一〇月三一日第一小法廷判決が、本件条例にかかる定数配分の規定につき、昭和五八年四月一〇日施行の千葉県議会議員選挙当時において公選法一五条七項の規定に違反していた旨を判示したことを踏まえて、千葉県議会において特例選挙区の存廃を含めて種々の検討が続けられた結果、最終的には六増案(佐倉市、柏市、流山市、八千代市、浦安市及び我孫子市・沼南町の六選挙区の定数を各一人ずつ増員する案)が可決成立して本件条例が改正された、(3) その際、海上郡、匝瑳郡、勝浦市の三選挙区については、千葉県における急激な人口変動の特殊性や議員選出の歴史的経緯、地域からの代表確保の要請等を考慮して、特例選挙区として存置した、(4) 本件選挙当時における配当基数は、海上郡選挙区が〇・三五(以下配当基数に関する数値は、いずれも概数である。)、匝瑳郡選挙区が〇・三五、勝浦市選挙区が〇・四一であった、というのである。

以上によれば、千葉県議会が、本件条例において、海上郡、匝瑳郡、勝浦市の三選挙区を特例選挙区として存置したことは、同議会に与えられた裁量権の合理的な行使として是認することができるから、その存置には合理性があり、しかも、右の程度の配当基数によれば、いまだ特例選挙区の設置が許されない程度には至っていないものというべきである。

したがって、本件条例のうち右三選挙区を特例選挙区として存置したことは適法である。

2  次に、都道府県議会の議員の選挙に関し、当該都道府県の住民が、その選挙権の内容、すなわち投票価値においても平等に取り扱われるべきものであることは憲法の要求するところであると解すべきであり(前掲各第一小法廷判決及び第三小法廷判決参照)、公選法一五条七項は、憲法の右要請を受け、都道府県議会の議員の定数配分につき、人口比例を最も重要かつ基本的な基準とし、各選挙人の投票価値が平等であるべきことを強く要求しているものと解される。もっとも、公選法は、前示のとおり、人口比例の原則に修正を認め、特別の事情があるときは、おおむね人口を基準とし、地域間の均衡を考慮して定めることができるとしているところ(一五条七項ただし書)、右ただし書の規定を適用して、いかなる事情の存するときに右の修正を加えるべきか、また、どの程度の修正を加えるべきかについて客観的基準が存するものでもないので、議員定数の配分を定めた条例の規定(以下「定数配分規定」という。)が公選法一五条七項の規定に適合するかどうかについては、都道府県議会の具体的に定めるところがその裁量権の合理的な行使として是認されるかどうかによって決するほかはない。したがって、定数配分規定の制定又はその改正により具体的に決定された定数配分の下における選挙人の投票の有する価値に不平等が存し、あるいはその後の人口の変動により右不平等が生じ、それが都道府県の議会において地域間の均衡を図るため通常考慮しうる諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右のような不平等は、もはや都道府県の議会の合理的裁量の限界を超えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、公選法一五条七項違反と判断されざるを得ないものというべきである。

そこで、原審の適法に確定した事実に基づき、本件選挙当時の本件条例における定数配分の状況についてみるに、前掲最高裁昭和六〇年一〇月三一日第一小法廷判決により公選法一五条七項の規定に違反していると判示された昭和五八年四月一〇日施行の千葉県議会議員選挙当時の本件条例の下においては、特例選挙区とその他の選挙区間における議員一人当りの人口の最大較差は一対六・四九(海上郡選挙区対我孫子市・沼南町選挙区。以下、較差に関する数値は、いずれも概数である。)、特例選挙区を除いたその他の選挙区間における右最大較差は一対四・五八(長生郡選挙区対鎌ケ谷市選挙区)であり、人口の多い選挙区の定数が人口の少ない選挙区の定数より少ないいわゆる逆転現象が六〇とおりあり、定数二人以上の差のある顕著な逆転現象もみられたが、前示のとおり本件条例が改正された結果、本件選挙当時においては、特例選挙区とその他の選挙区間における議員一人当たりの人口の最大較差は一対三・九八(海上郡選挙区対鎌ケ谷市選挙区)、特例選挙区を除いたその他の選挙区間における右最大較差は一対二・八一(長生郡選挙区対鎌ケ谷市選挙区)となり、いわゆる逆転現象は三一とおりあるが、定数二人以上の差のある顕著な逆転現象は解消された、というのである。そして、本件選挙当時における各選挙区の人口、配当基数及び配当基数に応じて定数を配分した人口比定数(すなわち、公選法一五条七項本文の人口比例原則に基づいて配分した定数)は原判決の別紙第二表のとおりであるから、右人口比定数により特例選挙区とその他の選挙区間の投票価値の最大較差を算出すれば、一対四・三五(海上郡選挙区対浦安市選挙区)となり、特例選挙区を除くその他の選挙区間における投票価値の最大較差は、一対二・九一(八日市場市選挙区対浦安市選挙区)となることが計算上明らかである。いいかえれば、投票価値の最大較差は、本来は、特例選挙区を含めた場合には一対四・三五、特例選挙区を除いた場合には一対二・九一であるはずのところを、千葉県議会が公選法一五条七項ただし書を適用して本件条例を定めた結果、投票価値の最大較差は、右のとおり特例選挙区を含めた場合には一対三・九八、特例選挙区を除いた場合には一対二・八一になっており、いずれも較差が縮小されているということになる。

本件選挙当時において右のような議員一人当たりの人口の較差が示す投票価値の不平等は、千葉県議会において地域間の均衡を図るため通常考慮しうる諸般の要素をしんしゃくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達していたものとはいえず、同議会に与えられた裁量権の合理的な行使として是認することができ、したがって、本件条例にかかる定数配分規定は公選法一五条七項に違反するものではなく、適法というべきである。

三  したがって、本件条例にかかる定数配分規定が本件選挙当時公選法一五条七項に違反するとし、行政事件訴訟法三一条一項に示された一般的な法の基本原則に従い、被上告人らの本訴請求を棄却したうえ、本件選挙のうち市川市選挙区における選挙が違法であることを宣言すべきであるとした原審の判断は、公選法一五条七項及び二七一条二項の各規定の解釈適用を誤ったものといわざるをえず、右の違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は変更を免れない。

そして、既に説示したところによれば、本件条例には違法はないから、その違法があることを前提に本件選挙のうち市川市選挙区における選挙を無効とすることを求める被上告人らの本訴請求は棄却すべきである。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 大堀誠一)

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